新潟地方裁判所 平成6年(行ウ)12号 判決 1995年12月21日
原告
甲野正夫
右訴訟代理人弁護士
真野覚
同
高橋信行
被告
長岡市固定資産評価審査委員会
右代表者委員長
長谷川恕
右訴訟代理人弁護士
金田善尚
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
原告が被告に対し、平成六年四月二七日付でした固定資産課税台帳の登録事項に関する審査申出について、被告が同年五月二六日付でした申出棄却決定を取り消す。
第二 事案の概要
本件は、原告所有の土地の固定資産の評価価格が過大であるとして、原告が被告に対してした前記第一記載の審査申出に対する棄却決定の取消しを求めたものであり、原告は、取消原因として、右価格の過大の他、被告が右価格算定の際に依拠した固定資産評価基準の運用に関する自治事務次官通達(平成四年一月二二日自治固第三号、以下、「本件通達」という。)が憲法ないし法律に違反すること等を主張している事案である。
一 前提事実
1 原告は、長岡市大手通一丁目四番一五(以下、「本件土地一」という。)及び同番一六(以下「本件土地二」という。また、両土地を合わせて「本件各土地」ということがある。)の所有権者であるが、訴外長岡市長(以下、「評価庁」という。)は、本件土地一及び二の平成六年度固定資産税登録価格(以下、「本件登録価格」という。)を、それぞれ一億〇五八四万二一一〇円及び四〇四二万五二五〇円と決定し、本件登録価格を固定資産税台帳に登録し、関係者の縦覧に供した(登録価格及び縦覧について弁論の全趣旨、その余の事実は争いがない。)。
2 原告は、平成六年四月二七日、被告に対し、左の各点について、固定資産課税台帳登録事項に関する審査申出を適法にした(争いがない)。
(一) 評価を算出した手段、方法を公開すること。
(二) 平成三年度に評価が倍増した理由を明らかにすること。
(三) 評価が時価とかけ離れた高い値になっている(取引例はもっと安い。)。
(四) 現評価の半分に減額すること。
3 被告は、右申出に対し、平成六年五月二六日、審査申出を棄却する旨決定し、右決定は同年六月三日付で原告に送付され、同月五日ころ原告に送達された(争いがない)。
二 争点
1 本件通達が憲法八四条、地方税法三四九条等に違反するか。
2 本件各土地の平成六年度の固定資産評価に当たって、平成四年七月一日を評価時点としたことが違法事由になるか。
3 本件各土地の固定資産評価は適法であったか。
第三 争点に対する判断
一 争点1に対する判断
1 原告の主張
原告は、本件通達による固定資産評価の変更により固定資産税額が大幅に増額されたのは、法改正によらず実質的増税を行ったものであり、租税法律主義(憲法八四条)に反し、右通達に基づいて算出された本件各土地の固定資産評価も違法であって、取消しを免れないと主張する。
2 原告の主張に対する判断
(一) 本件通達の位置付けとその適法性
そこで右の点について検討するに、証拠(乙四、六1及び2)によれば、本件通達は、宅地の固定資産評価にあたっては、地価公示法(昭和四四年法律第四九号)による地価公示価格、国土利用計画法施行令(昭和四九年政令第三八七号)による都道府県地価調査価格及び不動産鑑定士または不動産鑑定士補による鑑定評価から求められた価格(以下、これらを「公示価格等」という。)を活用することとし、これらの価格の一定割合(当分の間この割合を七割程度とする。)を目途とすること等を内容とするものであること、及び本件通達は固定資産評価基準と一体のものとして扱われるものであることが認められ、本件登録価格も、これらに依拠して決定されたと認められる。
ところで、右のとおり本件登録価格が本件通達に依拠して決定されたものであっても、右通達の内容が法の正しい解釈に合致するものである以上、本件登録価格の決定は法の根拠に基づくものとして適法であると解されるところ(最高裁昭和三三年三月二八日判決・民集一二巻四号六二四頁参照)、証拠によれば、次の事実が認められる。
(1) 平成三年一月二五日、政府は、総合土地政策推進要綱を閣議決定した。同要綱(第九の二イ)では、固定資産税評価について、平成六年度以降の評価替えにおいて、土地基本法一六条の規定の趣旨を踏まえ、相続税評価との均衡にも配慮しつつ、速やかに、地価公示価格の一定割合を目標にその均衡化・適正化を推進すること等が決められた(乙七)。
(2) 右要綱を受け、平成三年一一月、学識経験者、地方団体の代表、不動産鑑定機関の代表等で組織された、財団法人資産評価システムセンターの土地研究委員会が、「土地評価に関する調査研究―土地評価の均衡化・適正化等に関する調査研究―」と題する報告書を発表した。右報告書は、ⅰ地価公示価格に対する収益価格の割合は、個別的事情によって幅が認められるものの、平均的には七割程度の水準にあること、ⅱ都道府県庁所在市において、平成二年に建築された家屋について抽出調査した結果、再建築価格の取得価格に対する割合は、木造家屋で六割程度、非木造家屋で七割程度となっており、土地の評価水準を公示価格の六割から七割程度にすることは妥当なものといえること、及びⅲ昭和五〇年代の地価安定期における固定資産税評価の地価公示価格に対する割合が概ね七割程度の水準であったこと等を内容とするものであった。右報告を受けた国(自治省)は、登録価格決定に当たっては、公示価格等の七割程度を基準にすることとし、同年一一月一四日、中央固定資産評価審議会の了承を得て、本件通達が発出された(乙三1及び2)。
右事実関係からすると、公示価格等の七割程度を基準とすることについては、全国的な実情調査及び客観的資料に基づいて決定されたものといえるのであって、格別不合理な点は認められず、固定資産登録価格についての地方税法の定め(同法三四九条一項、三四一条五号により「適正な時価」とされている。)に合致する正しい解釈であると認められる。
(二) 結論
以上のとおり、争点1についての原告の主張は採用できない。
二 争点2に対する判断
1 証拠(乙六1及び2、八)によれば、平成四年一一月一八日、中央固定資産評価審議会は、平成六年度の固定資産評価替えについて、最近の地価下落傾向に鑑み、平成四年七月一日を価格調査基準日としつつも、平成五年一月一日時点における地価動向も勘案して修正を行うこと等について了承し、これを受けて国(自治省税務局資産評価室長)は、平成四年一一月二六日、自治評第二八号通達により、前記修正等について各都道府県に通知したことが認められる。
2 ところで、土地の固定資産評価に当たっては、固定資産評価基準に基づき、全国の土地を同一の基準で評価すること、市町村が評価した後、都道府県間及び各都道府県内の市町村間の評価の均衡を図るためそれぞれ所要の調整を行うこと等から、一連の評価事務には相当の期間を要すること等からすると、基準年度の賦課期日から評価事務に要する期間をさかのぼった時点の地価を基準として賦課期日における価格を評価することは、地方税法上当然に予定しているといえること、前記のとおり、平成六年度の評価替えにおいては、その評価時点以降の価格変動を一定の範囲で勘案し、これに伴う修正を行うこととされていること、及び本件各土地については、平成四年七月一日における評価価格と同五年一月一日における評価価格との間には変動は認められないこと(弁論の全趣旨)に鑑みれば、本件において平成四年七月一日の評価時点に基づき、平成六年度の固定資産評価額を決定することは、何ら違法事由を構成するものではないというべきであって、この点についての原告の主張も、立法論としてはともかく、解釈論としては採用の限りではない。
三 争点3に対する判断
1 本件各土地の固定資産評価方法
証拠(甲一、乙一1ないし4、二1及び2)及び弁論の全趣旨によれば、評価庁は、本件各土地について、固定資産評価基準に則り、市街地宅地評価法(いわゆる路線価方式)によって、次の方法で評価を行ったことが認められ、これに反する証拠はない。
(1) 用途地域の区分
本件各土地は、JR長岡駅を中心とする都心部に所在し、大手通商店街を構成する地域内にあることから、評価庁は、高度商業地区(店舗が連たんし、商業地区として高度に発達している地区)と区分した。
(2) 状況類似地域の区分
状況類似地域の区分とは、用途地区をさらに街路の状況、公共施設等の接近の状況、家屋の疎密度、その他の宅地の利用上の便等の価格形成要因が概ね同等と認められる地域毎に区分するものであるが、評価庁は、大手通一丁目の県道長岡停車場線に沿接する地域を一つの状況類似地域として区分した。
(3) 主要な街路の選定
主要な街路とは、当該状況類似地域内において、街路の状況など価格事情が標準的で宅地評価の指標となる道路をいうが、評価庁は、地価公示法にもとづく標準地及び国土利用計画法施行令に基づく基準地の所在する街路を主要な街路として選定した。
(4) 標準宅地の選定
標準宅地とは、主要な街路に沿接する宅地のうち、奥行、間口、形状等が当該地域において標準的なものとして認められる宅地をいうが、評価庁は、右標準宅地として長岡市大手通一丁目四番三を選定した。同地は、地積138.45平方メートル、間口5.5平方メートル、奥行20.0メートルの整形地であり、地価公示法にもとづく標準地と同一の宅地であった。
(5) 標準宅地の適正な時価の算定
評価庁は、右標準宅地の評価格を、不動産鑑定価格(二六二万円)の七割を基準として、一平方メートル当たり一八三万四〇〇〇円と算定した。右不動産鑑定に当たっては、地価公示法に定める鑑定評価と同様の手法で平成四年七月一日の価格を求めたものであり、右評価に当たっては、近傍類地の取引事例を収集し、事情補正、個別的要因の標準化補正を行って不正常な要素を取り除き、更に時点修正を行ったものであった。なお、前記不動産鑑定価格と平成四年度及び同五年度の右標準宅地の地価公示価格並びに平成四年度の新潟県地価調査価格はいずれも同額であった。
(6) 主要な街路の路線価の付設
主要な街路について付設する路線価は、当該主要な街路に沿接する標準宅地の単位地積あたりの適正な時価に基づいて付設されるものであり、評価庁は、右路線価を標準宅地の単位地積あたり評価額と同額とした。
(7) その他の街路の路線価の付設
評価庁は、本件土地に係るその他の街路の路線価を、一平方メートル当たり一六〇万一〇〇〇点と評価した。これは、主要な街路の路線価との接近条件による格差を、JR長岡駅までの距離でマイナス一〇パーセント、最寄りのデパートまでの距離でマイナス三パーセントと評定したものであり、これを前記(5)の標準宅地の適正な時価に乗じて算出されたものである。
(8) 画地計算
固定資産評価基準別表第3、画地計算法は、原則として一筆の宅地を一画地とするものとし、隣接する二筆以上の宅地がその形状、利用の状況等からみて一体と認められる場合には、その二筆以上の宅地を一画地として評点数を付設するものとしているところ、評価庁は、本件土地一及び本件土地二は、二筆であるものの、一体となって一個の家屋の敷地として利用されているものであるから、一画地として認定した。そして、一画地として認定された本件各土地は、間口5.8メートル、奥行16.2メートルの画地となり、間口狭小補正、奥行長大補正を要しない土地となり、補正率は1.00となった。したがって、単位地積当たりの評点数は、前記(7)の路線価に右補正率を乗じた一六〇万一〇〇〇点に、総評点数は、右単位地積当たりの評点数に本件各土地の地積(92.36平方メートル)を乗じた一億四六二六万七三六〇点になり、これに一点当たりの単価(1.00円)を乗じた価格(本件各土地の固定資産評価額)は、一億四六二六万七三六〇円となった。
2 右評価に対する判断
本件各土地の固定資産評価は、右認定の方法により行われたものであり、これは、固定資産評価基準に則り行われたものであること、前記のとおりであるが、地方税法四〇三条一項は、市町村長は、右評価基準によって固定資産の価格を評価しなければならないと規定しており、この規定の趣旨からすれば、市長村長は、右評価基準に従って評価することが義務づけられていると解するのが相当であること、本件各土地の固定資産評価の具体的方法についても、前記認定の事実関係からすれば、格別不合理な点は認められないことからすると、本件各土地に関する評価庁の固定資産評価は適法なものというべきである。
3 原告の主張とそれに対する判断
(1) 原告は、本件各土地についての不動産鑑定士の鑑定評価書(甲二)を提出し、評価庁の評価は違法であると主張するので、この点について検討するに、右鑑定評価書によれば、本件各土地について、平成元年一二月三一日を価格時点として、借地権に対応する底地所有権を当該借地人が買い取る場合における価格を求めたものであること、及び本件各土地の更地としての完全所有権価格(以下、「鑑定価格」という。)を一平方メートル当たり一七二万円と評価していることが認められる。
(2) ところで、平成二年一月一日における前記(1(4))標準宅地の地価公示価格は一六七万円、同四月一月一日及び同五年一月一日のそれはいずれも二六二万円と認められる(弁論の全趣旨)。そして、平成六年度の固定資産評価の価格調査基準日である同四年七月一日の地価公示価格相当額は不明であるが、前記のとおり、同四年一月一日及び同五年一月一日の地価公示価格は同額であるから、同四年七月一日の地価公示価格相当額も、同額の二六二万円と推認される。そうすると、平成二年一月一日から同四年七月一日までの間の地価公示価格(相当額)の上昇率は56.88パーセントと認められる(なお、鑑定価格の価格時点と、平成二年の地価公示価格の価格時点とでは一日の差異はあるが、同時点の価格と見て差し支えないと解される。)。
(3) そうすると、前記鑑定価格に基づけば、本件各土地の評価額は、平成四年七月一日時点では、前記地価公示価格の上昇率を乗じた二六九万八〇〇〇円(一平方メートル当たり)となる。そして、平成六年の評価替えに当たっては、前記のとおり、鑑定価格の七割を基準として行ったものであるから、これを右評価額に乗じた額は、一八八万八〇〇〇円となり、かえって評価庁が本件各土地について算出した前記固定資産評価額一六〇万一〇〇〇円より二八万七〇〇〇円高くなることが認められる。
(4) 以上の検討結果からすれば、鑑定価格をもとに評価庁の評価が誤りであるとする原告の主張は理由がない。
第四 結論
以上のとおり、原告の請求は理由がない。
(裁判長裁判官太田幸夫 裁判官野島香苗 裁判官内田義厚)